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「隻手の声」とは、禅問答の一つで

「両手を打ち合わせると音がする。では片手ではどんな音がしたのか、それを報告しなさい」

というものです。


鳴るはずのない片手の拍手の音を、どんな音か答えよと言われても出来ないし・・

それでは、両手の拍手の音はどうでしょうか?・・それなら簡単「パン」です

小学生なら正解でしょうが、仏道修行者なら不正解です。


何故か・・・

アメリカ人に聞いたら、「Clap」と答えるでしょう。日本人なら「パン」。

どちらが正解ですか?どちらも不正解です。

「Clap」とも「パン」とも鳴っていません。

幼いころに手を叩くと「パン」と音がするよ、と教えられたから「パン」と聞こえるのです。

実際の音は「Clap]とも「パン」とも鳴っていません。


それは私達が社会生活をする為に、仲間との共通認識を持つ為に作った記号にすぎません。

要するに『言葉は事実ではない』ということです。



集中力を持ってよ~く聞いてみて下さい。

「パン」と聞こえるのは、聞いたとたんに頭の中の言葉に当てはめるからです。

拍手の音そのものを聞いた時、その音を言葉にすることは出来ません。

したがって、その音を言葉で伝える事は出来ない訳です。



事実ではない言葉で事実を認識することは出来ません











 

 
 
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「婆子焼庵」、これは禅問答の一つですが、内容は・・

ある老婆が一人の修行僧を、庵を与え食事の世話などをして、20年間面倒を見てきた。

ある日老婆は、僧の心境を試すために、若い娘に抱きつかせ

「どんなお気持ちですか」と誘惑させた。

それに対して僧は、「枯木寒巌に寄り、三冬暖気なし」

「枯れた木が冷え切った岩に寄りかかっているようなもので、何も感じません(心は動きません)」

と答えた。

これを聞いた老婆は、たいそう怒り僧を追い出したうえ、庵を焼き払った。


『どうだ!一見、僧の心境は悟っているようだが、ダメなのだ。

はたして君は老婆(師)を納得させる境地にいるのか?』

という問いです。


以下は私の解釈です。


仏道修行の目的は、苦しみの元である「煩悩を無くす」ことにあります。

ではこの僧は「煩悩が無くなった」と答えているでしょうか?

否!彼は「煩悩は感じない」と答えています。


老婆は、これでは不十分だと次の教えを授けます。


修行している人()を追い出し(無くす

修行している場所(身体)を焼き払い(無くす

即ち、煩悩の原因である心身は無いと気づけという教えです。


もし問われた人がその境地にあれば答えは


枯木は朽ち果て、寒巌は崩れ去り、三冬に人影なし。

でどうでしょう。












 

先日の大阪W選挙で、反橋下側を応援した自民党、民主党は

橋下さんが勝つと、あっさりと橋下さんに理解があるようなことを言い始めた。

何が正しいかよりも、自分たちが支持されるかどうかが、大切なことだからだろう。

まぁ、そんなもんだろうと思っていたが・・・


驚いたのは、防衛相の「私は安全保障の素人」発言だ。

この危うい世界情勢の中で、このような人がこのポストに就くことが

適材適所と言い切れるのが日本政府の現状とは・・・・


「ここまでとは、知らなかった。


以前台湾に行った時、現地の人たちがとてもエネルギッシュなのに驚いたけど

それは「政府に対して過剰な期待はしていなく、自分たちの力で生きて行くのだ」と

心しているからだと聞いたことがある。


どうやら私達もその心意気が必要みたいだ。

誰かに何かに頼ろうとすると、弱くなる。


何かあってもなんとかやっていくさ・・と心を決めるよう



 

医学部に入学したての学生に対して

老教授は目の前のコップに入った液体を前にこう言った。

「医学を志す者は、科学的データーにのみ頼るのではなく、感性と言うものも大切なのだ。

このコップの一方には糖尿病患者の尿が、他方には健常者の尿が入っている。

私は、なめることによりその区別を知ることができるのだ。」・・と


そして、おもむろにコップに指を入れその指をなめて続けた・・

「私は右の方が糖尿病患者のものと思うが、君たちはどうかね?」


そう言われて試さないわけにはいかない学生たちは、

勇んで・・あるいは、おずおずと尿をなめた。


ひと通り体験が済んだあと、老教授はいっそう厳かに言った。

「うむ。君たちに未知のものにトライしょうとする情熱があるのは分かった。

しかし、医学を志す者は同時に冷静な観察力も必要なのだよ。

いいかね、良く見てみたまえ私は人差し指を尿につけたが、なめたのは中指だよ」・・と


一斉に「うぇ~~っ」と叫ぶ学生たちにこう続けた

「冷静になりたまえ。叫んでももう遅い、尿はしっかりと体に吸収された後だ。

それにその尿は、今しがた私がした新鮮な尿で、ほぼ無菌状態だ」・・と


素晴らしい先生に出会えた学生は幸せだ。



 

私達は何故、こうすれば良いと知っても、変わるのが難しいのでしょうか?

それは、どんな状況であれ「今の自分」に執着しているからです。


こんな例があります。

長いこと患った痛みが、施術であっけなくとれた場合

「良かった」ではなく・・「えっ!?なんで・・おかしい」と言って

大切なものを探すように体を動かして、痛みを探す方がいらっしゃいます。

たぶん痛みという自分の一部を無くしてしまったと感じているのでしょう。


「見知った牢獄」とは、今の悪しき状態から抜け出そうとしないというたとえ話です。

その牢獄は不自由ですが、自分を守ってくれます。

外の世界がどの様なものかは分かりません。


武術の練習で「力を抜きなさい」と言われて、素直に力を抜く人は稀です。

なぜなら、その力で自分を守り続けてきたからです。

しかしその力を手放さない限り、新たな力は手に入りません


脱獄の方法を知っているという師に出会ったら・・

そして、どうやら正しいらしいと判断したら・・


師の言うとおり歩んでみる事です。











 
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